「大丈夫だろう」その油断が、取り返しのつかない事態を招くことがあります。介護における「転倒」は、単なる怪我では済みません。それは、親の尊厳と、残された時間を一瞬で奪い去る、あまりにも過酷な現実の始まりでした。
私の母も、ある日の散歩中の転倒をきっかけに、そのまま寝たきりになってしまいました。原因は後でわかるのですが、大腿骨骨折でした。そして、そこから自宅で寝たきりになった1ヶ月半後、私と母の別れの時が訪れたのです。
この記事では、母が転倒から寝たきりになり、恐ろしい「床ずれ(褥瘡)」と闘い、そして私が看取ることになるまでの1ヶ月半の全記録を、今も胸に残る深い後悔と共にお伝えします。
- 高齢者の転倒は「骨折→寝たきり→死期を早める」という最悪の連鎖に繋がりやすい。
- 寝たきりになると、たった数日で「床ずれ(褥瘡)」は発生する。その進行は非常に早い。
- 床ずれは、本人に計り知れない苦痛を与える。予防と早期ケアが何よりも重要。
- 残された時間が短いと悟った時、家族にできることは何かを考える。
穏やかな散歩日和…
2018年のある日、私は認知症の改善の為に、久しぶり父と母を車に乗せて、ドライブがてらダム湖へ散歩に出かけました。穏やかなその日、足取りも軽く父と母は散歩をしていました。そろそろ帰ろうと母は少し疲れた様子で近くのベンチに腰掛けようとしたとたん、バランスを崩し転倒してしまいました。
軽い打ち身だと思っていました。しかし、それから数週間経っても、母の痛みは引くことがありませんでした。しばらくすると母の腰は床づれでひどくなるばかり。ここで私が早く病院に連れて行けば良かったのですが、「大丈夫」とタカを括っていたんです。
「床ずれ」の恐ろしさと、母の優しさ
寝たきりの生活が始まってから、恐ろしいスピードで母の体は弱っていきました。そして、私を最も苦しめたのが「床ずれ(褥瘡)」です。お尻や踵の皮膚が、自分の体重で圧迫されて壊死していく。最初は少し赤くなるだけだったのが、あっという間に皮膚が剥がれ、骨が見えるほどの深い傷になっていきました。
「痛い、痛いよ…」とうめく母。しかし、パーキンソン病の影響で、自力で寝返りを打つこともできません。その後、布団の上で痛みに顔を歪めている母から出てくる言葉は、「大丈夫だから、心配しないで…」でした。私は病院へいくことを何処か怖がっていたのかもしれません。ただ母の体位を頻繁に変えてあげることと、ただ母の手を握ることだけでした。
今も消えない後悔
転倒からしばらく経ち、母の容態は悪化し、深夜高熱を出して緊急入院をすることになってしまいました。精密検査の結果、母の診断は「大腿骨骨折」。床ずれもひどく、手術は容態が良くなってからと医師から告げられました。それから、わずか2週間。母は、大きな呼吸を最後に一つして、病院で静かに息を引き取りました。あまりにも、あっけない最期でした。そして、私の心には今も、一つの大きな後悔が突き刺さっています。
それは、**もっと早く、母の足腰の衰えに気づき、転倒予防の対策をしてあげていれば、母はもっと長く、穏やかに生きられたのではないか**、ということです。
手すりの設置、滑り止めのマット、歩きやすい靴、そして、病院へ早く連れいくこと…。今思えば、やれることはたくさんありました。しかし、当時の私は「まだ大丈夫だろう」と、そのサインを見過ごしてしまっていたのです。
まとめ
- 高齢者の転倒は、命に関わる重大な事故であると認識する。
- 寝たきりになったら、床ずれ予防のケアが最優先。
- 「まだ大丈夫」という油断が、最大の後悔に繋がる。


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